つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

平野啓一郎・原作『ある男』小説と映画

公開時、見たかったけど見逃してしまった映画『ある男』の小説を、一か月ほど前に読んでみた。

その後ブロ友さんオススメの短編映画を、アマゾンプライムにて探していたら、『ある男』も配信されているのを発見。

なので、続けて映画版も観ることができた。

といっても、やはり私は家だと他にやりたいことが出てきてしまい、落ち着いて一気には観られず、前後編に分けての鑑賞^^;

【あらすじ】

弁護士の城戸は、かつての依頼者・里枝から奇妙な相談を受ける。

彼女は離婚を経験後、子供を連れて故郷に戻り「大祐」と再婚。

幸せな家庭を築いていたが、ある日突然夫が事故で命を落とす。

悲しみに暮れるなか、「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実が…。

愛にとっての過去とは何か?

人間存在の根源に触れる読売文学賞受賞作。

(文庫版の解説より)

深く重厚で、色々考えさせられる作品だった。

サスペンスタッチなので先が気になり、私にしては早く読めてしまった。

主人公は39歳の弁護士、城戸章良。

城戸は、亡くなった里枝の夫「大祐」の身元を調べるため、その背中を追いかけているうちに、次第にのめり込むようになる。

城戸は在日三世であり、自分のアイデンティティについても常に悩みや葛藤を抱えている。

そのことに関連して、ヘイトスピーチが広まってしまったその経緯などは、小説の方が詳しく描かれていた。なんであんな騒ぎをするのか、SNSの影響も悪いのだろうけど、その集団心理を当時私も恐ろしく感じた。

城戸が「大祐」の背中を追ううちに、境遇は全く違えど、自身の身の上を大祐に重ね合わせているように感じているのが伝わって来た。

そのことで印象的に使われていたのが、小説・映画とも冒頭に登場した、ルネ・マグリット「複製禁止」という不思議な絵画。

(この絵画を、城戸が見入っている場面。)

小説の序章で、著者を思わせる小説家が、バーで城戸と、見知らぬ客同士として会話を交わす場面がある。そのとき城戸から、一連のこの話を聞いたことから、小説家は、

「彼の背中を追う城戸さんにこそ、見るべきものがある。」

「そして読者は恐らく、その城戸さんにのめり込む作者の背中にこそ、本作の主題を見るだろう。」といっている。

なので、「ある男」とは、城戸が追っていた男と、城戸自身、そして小説家(著者)のことも指しているのだろうかと感じた。

 

この世の中には、自分のせいではないのに、やむにやまれぬ事情で、過去を捨てて別人となって生きていかなければならない人が、いったいどれくらいいるのだろうと、とても考えさせられる物語だった。

戸籍を入れ替えることはもちろん違法であっても、そうでもしなければ生き直せない人が、実際たくさんいるのだと思う。

里枝の夫のように、別人となって、つかの間の幸せを掴めればいいけれど、さらにもっと転落していく人もいることも作品から伺えた。

「その他、関連文献には可能な限り目を通した」との巻末の参考文献にも、たくさんの関連書籍とともに「加害者家族」についての書籍もあって。

 

映画版は、昨年春「第46回日本アカデミー賞」で、作品賞を含めた最優秀賞8部門を受賞。

監督は、『蜂蜜と遠雷』などの石川慶。弁護士・城戸を妻夫木聡、 亡き夫の妻役・里枝を安藤サクラ、「谷口大祐」に成りすましていたある男を窪田正孝。城戸の妻を真木よう子。戸籍仲介者で刑務所に収監されている小見浦憲男を、柄本明ほか、眞島秀和、仲野健太、清野菜名河合優実、等など。お笑いタレントの、小籔千豊が出ていたのも嬉しかった。

柄本明も役柄にぴったりで、その怪演が光っていた。

特に、主人公・城戸役の妻夫木聡と、「ある男X」役の窪田正孝の演技には始終引き込まれた。

城戸の、物事を深く考え、品格あるその佇まいなど、小説のイメージ通りに妻夫木聡が成りきっていて。特に小説から伺えた城戸の深い考え方から、作者の平野啓一郎自身、常に物事を深く突き詰めて考える人なのだろうと改めて感じた。

辛い過去を背負う役柄の窪田正孝も、もう本当に何と言っていいかわからないけど、すごいなの一言で、この役柄は精神的にも大変だっただろうな、と。

最初、原作とはイメージがちょっと違うなと感じた、里枝役の安藤サクラも、やはりさすがの存在感で。

城戸と妻の関係性については、映画では小説よりあっさりと描かれていた。

そして小説と映画どちらも、里枝の息子である中学生の悠人の気持ちも心に残った。

ナイーブで、とても素直な性格である悠人を演じた坂元愛登君も、その役柄にぴったりで、父に対する気持ちの場面が特に胸に迫って来た。

亡くなった父親とは血の繋がりはなかったけど、父親の秘密を知った時、

「なぜお父さんが僕をあんなに可愛がってくれたのかがわかった。

お父さんは、自分が父親にして欲しかったことを僕にしてくれていたんだね。」

という言葉と、それに対して母親が、

「そうかも知れない。でも、お父さんは本当にあなたのことを愛していたんだよ。」

という場面など、小説でも映画でも胸に込み上げて来るものがあって。

悠人の学校の出来事などを、毎日じっくり聞いてくれたお父さん。

その亡くなった父親にとっても、やっと自分の人生を手に入れることができた、愛する妻や子供たちとのその3年半が、どれだけかけがえのない日々だったことか。

できることなら、生きてずっと幸せに暮らせたら良かったのに。

城戸には、里枝と亡き夫との間の愛が、極めて純粋で美しいもののように感じるのだけれど、それは、この作品に触れた人みな同じ感覚なのではと思う。

戸籍を変え別人として生きたいと思うことなく、平凡に生きてこられた自分は、本当に幸せだと感じた。

 

同じ、平野啓一郎・原作で、やはり小説を読み映画も観たのは、『マチネの終わりに』。こちらはこの作品とは逆で、映画を観てから小説を読んだのだけど、『ある男』と同じく余韻が残るいい作品だった。

 

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