つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

どのみち、風は吹くのだから・・・

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映画「ボヘミアンラプソディー」3回目の鑑賞を、 ドルビーアトモス上映の映画館で観て来た。

ドルビーアトモスとは、「力強い、移動するオーディオを実現するので、驚異的なサウンドで映画館を満たす」との事らしい。なので、期待値大で鼻息も荒く、既に7回目を鑑賞のクイーン大ファンの友達と、いざto-hoシネマズ日比谷へ!!

で、ドルビーアトモスの感想だけ先に述べると、確かに曲の音など左右に移動するのも感じられて、ライブエイドシーンでの観客の歓声もより鮮明に聞こえたのだか、私も友達も期待し過ぎてしまったようで、思ったより迫力が感じられなかった。その前にIMAXで鑑賞した友達は、音に関してはIMAXと同等じ位だったとの事。

 

そして、映画の感想。3回目でも感動は薄れず、ライブエイドの最初「ボヘミアンラプソディー」のイントロのピアノの音から条件反射のようにまた泣けて来た。

1回目鑑賞の時から、エイズをメンバーに打ち明けたシーンの後で、このボヘミアンと共に流れる訳詞に、フレディの運命とオーバーラップして泣けた。

特に「僕は死にたくない。僕なんて生まれてこなければ良かったと思う時がある」という部分。

 

ライブスタート時、心配していたフレディの最初の発声が大丈夫だった時の、ブライアンメイ役の役者さんの驚きと喜びの表情にも、行くぞ~という感じのロジャーの緊張感のあるきりっとした表情にも毎回感動する。

We Are The Champions 」の詩も、人生の困難をくぐり抜けて来た全ての人に対する応援賛歌なんだなとしみじみ思い毎回涙。

 

そして「Radio GaGa」では、その訳詞からラジオが大好きだった中高時代の自分を思い出し、これまた胸に迫る。「ラジオは10代の自分になくてはならないものだった」とか「自分にとって大事な情報はいつもラジオから学んでいた」などの詩はまさにその通り。

中間期末、入試での勉強の時はいつも深夜放送まで聴きながらやっていた。ラジオを消せば、どれだけ勉強に集中出来るかは分かっていたが、大好きで消すことは出来なかった。翌日学校で友達との話のネタにもなってたので。この「Radio GaGa」の段々盛り上がって来る曲調もホント天才じゃないかと思う。この曲はロジャーが作ったと友人から聞き、やはりクイーンはフレディの実力もさることながら、ハーモニーの美しさむ含め4人とも素晴らしい才能だったんだなと実感。

 

私は今までほとんどビートルズの曲ばかりで、クイーンの曲は演奏したことがないけど、映画を見てから繰り返しyoutubeでクイーンの色々なライブ映像を見ていた中で、特にこのRadio~は、かっこよく16ビートを叩きながら高音ハーモニーを付けるロジャーの雄姿を何回も見て、私も是非叩いてみたい目標の曲になった。

 

この映画何回見ても、楽曲作り、コンサート場面の素晴らしさと共に、フレディの孤独もヒシヒシと伝わって来る。だから、ライブ前での家族との温かいシーンが胸に来る。ライブでのお母さんへの投げキッスも。

そして毎回、前半までの髪の長いフレディは、ミックジャガーにも見えてしまう(笑)

 

クイーンは昔から好きだったけど、学生時代は特にビートルズストーンズが好きだったので、ベスト盤1枚買っただけだったが、2004年だったか、今は無くなってしまった新宿コマ劇場で「We Will Rock You」というクイーンの曲を使った外国のロックミュージカルが来たので見に行き、これは観客が総立ちで一緒に歌って盛り上がった楽しいミュージカルだった。その数年後、ポールロジャースがボーカルのクイーンのコンサートをさいたまアリーナへ観に行った。これもとても良かったけど、やはりフレディがいた時のクイーンのコンサートを一度見てみたかった。

 

余談ですが、先週末NHKで「ボヘミアンラプソディー殺人事件」というタイトルの番組をやっていたので録画して先日見たら、ロンドンへ取材に行き、「ボヘミアンラプソディ」の曲の謎を解くという番組だった。

この曲は最初映画にもあったようにラジオで紹介した後、ビデオとしてイギリスのお茶の間に映ったそうだが、演奏出来ない複雑な部分を映像化したこのビデオは、センセーショナルな話題になりヒットしたそうだ。

その頃のイギリスは、オイルショックもあり長い不況の暗い時代で、流行っていた音楽も明るくつまらないものが多かったので、皆現実を忘れるファンタジーが必要だったから爆発的にヒットしたのではないかとの事。

またこの曲には、ボヘミアンという歌詞が一つも出て来ないけど、何故この曲のタイトルが付いたのかという謎については、ボヘミアンチェコの西で、そのボヘミア地方には、漂流の民族ジプシーが住んでいて、社会から疎外される一方で慣習にとらわれない自由な生き方をしていた民族だったそう。

ラプソディーとは、感情的で自由な音楽の形式だそうで、この二つを合わせると「ボヘミアンラプソディー」は、フレディの自伝的な作品で、社会の主流から外れた人ボヘミアンと、フレディも同じ気持ちだったと結んでいた。

 

つい熱くなってしまい長々と語ってしまったけど、今回一緒に行った友達は、年明けには娘さんの義母と一緒に、今度は爆音上映を見に行くらしい。

彼女はあと何回見るのか分からないけど、娘の義理の母と一緒に観に行くなんて、なんか素敵だなと思う。これもクイーンの魅力のおかげかな。

最後に、このボヘミアンラプソディでの最初と最後のこの部分の詩が特に好きです。

 

「これは現実なのか ただの幻想なのか・・目を開けて空を見上げるんだ」

「大したことじゃない ほんとうに自分には どのみち風は吹くのだから」