『図書』連載「言葉のほとり」(2022年3月~2023年8月号)に、奥村門土(モンドくん)の挿画を加えて、昨年11月に書籍化されたもの。
字も大きく150ページほどであり、内容的にもとても引き込まれたので一気に読了。
気軽に読めるわりに内容は深く、心に響く言葉や共感出来る事がら多々だった。
社会的なことや、老いや介護などの身近な問題にも触れていて。
年齢も、育った環境も全く違う二人。ブレイディさんの散文に対して、谷川さんは詩を中心に返信。谷川さんの味わい深い詩の世界も十分堪能できた。
イギリスに住んでもう四半世紀になるという、ブレイディみかこさん。
「その捻じれている、邪気を差し込むようなユーモアは、英国の人々がアイロニーと風刺を楽しむから。」と、英国の独特なユーモアについて書かれている点も興味深かった。
英国のシニカルなユーモアは、私もビートルズやイギリス映画、テレビで観ていたイギリスのコメディ、『モンティ・パイソン』などからも馴染みがあり昔から好きだ。
ウエストミンスター寺院近くに住む友人に聞いた不思議な話など、幽霊やお化けについての、二人の考察もユニークだった。
中でも一番注目したのは、タイトルにも用いられている『その世』の章。
この世とあの世のあわいに
その世はある
騒々しいこの世と違って
その世は静かだが
あの世の沈黙に
与していない
風音や波音
雨音や密かな睦言
そして音楽が
この星の大気に恵まれて
耳を受胎し
その世を統べている
とどまることができない
その世のつかの間に
人はこの世を忘れ
知らないあの世を懐かしむ
この世の記憶が
木霊のようにかすかに残るそこで
ヒトは見ない触らない ただ
聴くだけ
「その世」(谷川俊太郎)
「好きな音楽の数小節は、私にとっては、人間社会を超え宇宙と触れ合うことの出来るほとんど唯一の媒体。」
との、谷川さんの詩と言葉を受けて、ブレイディさんも、
「音楽の数小節で、この世ともあの世とも知れない空間に連れていかれる感じは、私にも分かります。」と書かれていて、その感覚を小説『両手にトカレフ』にも、「それはここではない世界で、自分が本来いるべき場所、行ったことないのになぜか知っている場所」と書かれているのだそう。また、
1950年代から70年代にかけては、米国で虐げられていた黒人たちが抑圧的なこの世を忘れ、宇宙に意識を飛ばすための、ギャラクティカ系という音楽が続々と出てきた時代。彼らにとっての宇宙も、まさに「その世」だったのではないか。
との文から、この時代の曲で私が大好きだった、『アクエリアス(輝く星座)』を真っ先に思い出した。(こんな曲です↓)
フィフス・ディメンション / アクエリアス(輝く星座) - YouTube
好きな曲で、現実とは違う世界に身体ごと持っていかれるその感覚、私にもよく分かりとても共感できた。
特にロックミュージシャンのLIVEなど、生音の渦の中に放り込まれているようなとき。あの感覚は、お二人の言う「その世」のことだったんだなと改めて思った。
ロックだけじゃなくても、曲が最高潮に盛り上がるに連れ、管弦楽の調べが一体となって、ホール全体を渦巻いているように感じられたクラシックコンサートでも。
ビートルズに夢中になり始めた中3の頃、覚えているのは、友達から借りたLPで『アクロス・ザ・ユニバース』を聴いたとき。そのジョン詩の世界観と共に、意識は宇宙の銀河に漂っているようで、そんなときも魂は「その世」にいたんじゃないかな。
繰り返し聞く度、「自分の世界は何者にも変えられない」って、勇気が湧くような気分だった。
ビートルズといえば、谷川さんが好きなビートルズ曲で、無理に1曲だけ挙げるとするなら『ブラック・バード』とのこと。「米国南部の黒人たちを励ます曲だというのは、ずっと後になって知った。」のだそうで。
この章で他にも心に残ったのは、「あの」も「その」も、英語での言葉は「that 」だけだけど、「その世」の「その」をあえて英語にすれば、「somewhere in between 」になるというブレイディさんの言葉。
「somewhere in between 」って、何だかとても素敵な響きだ。
そして、「日本には『この』『あの』と対等な、『その』という全く独立した三番目の言葉が存在する。これは、哲学者・國分巧一郎さんの「中動態」みたいで面白い。」とあり、この「中動態」とは何じゃ?と思い調べてみたら、「受動態」と「能動態」の間にあるもので、「する」と「される」の外側の世界だそう。(よく理解できないけど^^;)
でも、「空は、この、あの、その、の三つを繋いでいる、珍しいものだと思います。」と結ばれているブレイディさんの言葉には、思わずなるほど~!と納得。
確かに、空の存在はそれら三つを繋いでいると思う。
音楽だけでなくても、座禅・瞑想、茶道や絵画、料理、スポーツほか、何かに没頭している瞬間は誰でも、今を感じるだけでなく、「その世」にも繋がっているような気がする。
往復書簡を交わすお二人の物理的距離は遠く離れていても、その間にある空気感からは、常に相手へのリスペクトや気遣い、温かさが感じられた。
谷川さんの詩は、どれも心に残ったけれど、「これを身に着けるのは90年ぶりだから」という一節から始まる、初めてのおむつ体験を表した谷川さんの『これ』という詩も味わい深かった。その詩に添えられたイラストも、哀切と共にほのかな可笑しみも感じ、いいなぁと暫く眺めていた。
ブレイディさんの母親が亡くなった後、妹さんは奈良・明日香村へ。ブレイディさんは、美術館で絵画を見るため、ウィーンへそれぞれ旅をしたそう。
そこで、ブレイディさんに声をかけた現地の男性の言葉も印象的だった。
ウィーンに住んでいたことがあるヒトラー。本当は画家になりたかった彼にもっと才能があったら、我々が知っているヒトラーにはならなかったとか、ヒトラーがドイツ軍に入隊した百年前と今は、気味が悪いくらい似ている。との話も、そうかも知れないと不気味に感じた。
「どこを切っても金太郎飴のように、天使の顔をしか出てこない人間もいなければ、悪魔の顔しか出てこない人間もいない。でもどこかで戦争が始まると、私たちは金太郎飴の思考に陥りがちだ。」というブレイディさんの言葉や、
「生きる上での意味のない笑いが、訳ありの涙より強力かもしれない。」という谷川さんの言葉など、色々心に響いた。
ブレイディさんが谷川さんの詩の中で一番好きだという『臨死船』や、『その世』の詩から、ブレイディさんが強烈に想起したという、谷川さんの絵本『ぼく』も、是非読んでみたいと思った。
谷川さんが小学校へ講演会に行ったとき、そこの小学生から、「あ、なま谷川だ!まだ生きてる!」と叫ばれたとのエピソードがあったけど、もうかなり前、私も恵比寿ガーデンシネマの入口で、谷川さんをお見かけしたことがあり、その時私も「あ、生、谷川さんだ!」と思った。(^▽^;)
最後に、私が最近ドラム練習をしていて「その世」を感じるような、グルーヴ感いっぱいの大好きなビートルズ曲を♪
どちらもバンドの新曲で、元はチャック・ベリーの曲で、ビートルズもローリング・ストーンズもカバーしている「Im Talking About You 」と 「Carol 」
以前、「リトル・クイニー」は、ストーンズのカバーが一番好きとの記事を書いたけれど、特にこの「Im Talking About You 」に関しては、本家チャック・ベリーよりストーンズより、ビートルズのカバーの方がかっこいいと私は感じています♪
こちらは、壮大な宇宙映像が楽しめる「Across The universe 」
も一つおまけに、ビートルズ曲じゃないけど、私の「その世」に通じているような大好きな曲。ストレイ・キャッツの「Runaway Boys 」。今回は入らなかったものの、ライブ候補曲に挙がったので、最近またよく聴いています。