つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

映画『すばらしき世界』

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今年に入ってから、なかなか映画館へは行けなかったけれど、この映画は是非見たいと思っていた。

 

直木賞作家の佐々木隆が、実在の人物をモデルにした小説『身分帳』を原案に、『ゆれる』『永い言い訳』などの西川美和監督が舞台を現代に置き換えて映画化。

人生の大半を裏社会と刑務所で過ごした三上(役所広司)が、13年の刑期を終えて出所してからの、再出発の日々を綴っている。

 

生き別れた母を探す三上に、母を探しながら殺人犯が更生していく姿を、テレビのドキュメンタリー番組にしようと、若手プロデューサー(長澤まさみ)やディレクター(仲野太賀)も近づいてくる。

 

主演の役所広司さんは、西川美和監督からこの作品へのオファーがあった時に、「やった!」と思ったとテレビ番組で言っていた。西川さんから声がかかるのを待ち望んでいたんだそうだ。

 

 刑務所内での態度や経歴などが記載される身分帳なるものがあることは、この作品で初めて知った。

 

何といっても、三上の真っ直ぐで優しい部分も凶暴な部分も、役所広司の存在感いっぱいの演技にとても圧倒された。

数年前に観た是枝監督の『三度目の殺人』で、やはり役所さんは殺人の前科がある役どころで、その時の存在感も記憶に残っているけれど。

 

この映画を早くも先週観に行かれていた、はてなsmokyさんcinemakingさんも感想に書かれていたけれど、

三上の身元引受人である弁護士役(橋爪功)とその妻(梶芽衣子)はじめ、スーパーの店長役・六角精児、役所のケースワーカー役・北村有起哉、三上の元妻役・安田成美など、三上を助ける周りの登場人物が、皆いい人ばかりだったのが見ていても気持ちがとても救われ、そこここにユーモアも散りばめられていたので、重い話に始終することなかったのが良かった。

 

そういえば、安田成美の娘の役として、昨年末面白かったドラマ『極主夫道』での、龍の義理の娘役だった白鳥玉季も出ていて、ちょい役でも存在感を放っていた。

 

この弁護士夫婦のように、身元引受人や保護司をするような方々は本当に立派だなぁと尊敬する。

中でも、六角精児さんと、北村有起哉さんが演じたような人達が、三上のような境遇の人の身近にいたら、心身共に本当に救われるのにと思った。

 

これらの仲間が集まり、三上の就職祝いをやったシーンで、三上に対して

「逃げることは敗北じゃない。」「逃げてこそまた次に進める。」

というような台詞も心に残ったし、

 

三上が昔の仲間である博多のヤクザの親分の所へ行った時、親分のおかみさん役であるキムラ緑子が三上に言った、

「娑婆は我慢の連続。我慢の割には大して面白くない。でも空は広いと言いますよ。」

との台詞は一番心に残り、

 

ラストシーンでカメラアングルが上昇して、空を映す場面でこの台詞がオーバーラップした気がした。

ここで「素晴らしき世界」とタイトルが出た瞬間も、何とも言えない気持ちに駆られた。

 

また、母の消息を知るために出向いた三上が育った養護施設で、穏やかな日差しの中、そこの子供達と暫しサッカーを興じる心から楽しそうな三上の姿や、

その後風呂場で、ディレクター役・仲野太賀が三上の背中を流しながら放った言葉にもジーンと来たし、ラストシーンでの仲野太賀の演技にも胸打たれ、もう涙腺崩壊だった。

 

この仲野さん演じるディレクターが、最初は粗暴な三上の取材は到底無理と思っていたけど、三上と付き合ううちに心の変化が起きて行く過程も良かった。

 

 弱い者いじめが大嫌いで、正義感が強い三上。

爆発しそうになる自分を、何とか堪えている場面は見ていても辛かった。

でも、我慢することは身体に一番悪いんだろうな。

 

 

刑務所の中と外の人は、紙一重なんじゃないかとずっと思って来た。

この三上の様に誰にだって生い立ちの違いや運不運があり、また立場が違ったりすれば。自分は運よく今まで、犯罪を犯す境遇に置かれなかったというだけで。

もちろん、元々サイコキラー的人格は別だけれど。

 

3年前に観た、大杉漣さん最後の主演作『教誨師』でも、教誨師として様々な死刑囚と対峙する場面が心に残っている。

 

また、三上が役所で、生活保護の申請を拒む場面があったけれど、この場面で、今週月曜夜にNHK「ストーリーズ」で観た、「だれも独りにさせへんーコロナ禍の冬、苦闘の記録」というドキュメンタリー番組での同じような場面を思い出した。

 

コロナ禍で、食べる物にも事欠き、家まで失ってしまう人が続出している今、でも、それでも人の情けを受けるのは自尊心が許さないのだと言う気持ちが、この番組からも、映画の三上からもヒシヒシと伝わって来た。

 

でも何とか生き延びて欲しく、説得する社会福祉協議会の女性職員。

 その女性に密着した番組で、「あそこの河原に夜たった一人で誰かいる。」との情報が入れば、夜遅くでも何度でも駆け付けるその職員。

決して押しつけがましくない温かいその接し方と、その方の信念には頭が下がる思いだった。

 この何ともやるせない世の中で、ここにも『すばらしき世界』を見た思いだった。

 

 映画が終わり館内が明るくなった時、後方の席から珍しく誰かの熱い拍手が鳴り響いた。

その拍手を聞いて、またもや目頭が熱くなってしまった。

 

観に行って良かった。いい映画をありがとう!