つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

『あなたを待ついくつもの部屋』(角田光代・著)~帝国ホテルが舞台の短編集

東京・大阪・上高地と、3つの「帝国ホテル」が舞台となっている短編集。

1話1話わずか5ページという短さだけど、42の物語が詰まっている。

登場人物、それぞれの思い出が綴られているホテル。

どの話からも様々な人生が垣間見られ、心温まるエピソードばかりだった。

日比谷にある「帝国ホテル東京」は、バイキング日本発のホテルでもあるのだとか。

そういえば、かなり前に友人とランチバイキングに行ったことがあり、その時そんな話を聞いた気がする。

「北欧にスモーガスボードという料理があって、テーブルに色々並べて食べたのがそもそものバイキングの始まり。」とのこと。

中二階にあるクラシックなバーは、元祖柿ピーを発明したバーなのだそう。

都内で仕事を始める娘の門出を祝って、そのバーに連れて行った母親。話の最後、娘への励ましの言葉も心に沁みた。

日比谷の帝国ホテルは、関東大震災時に多くの神社仏閣が焼失したため、結婚式を挙げるところがなくなり、ホテル内に神殿を設置した初めてのホテルだそう。

また、ミュージックルームもあり、宿泊客は二時間無料でピアノが弾けるとのこと。

主人公の父の計らいで、翌日音大受験のため、その部屋で練習することが出来たという女性のエピソードも良かった。

亡くなった母親が、かつてこのホテルに勤めていたという主人公の話からは、一流ホテルはサービス精神も超一流なのだということが伝わってきた。

 

私が日比谷の「帝国ホテル」を訪れたのは、甥っ子が内輪でのささやかな結婚式を挙げた、10年ほど前に訪れたきりで、前の道は通っても、中に入ったことは最近はなかった。

三か所の帝国ホテル、私はどこも泊まったことはないけれど、中でも上高地帝国ホテル」での様々な人間模様に引き付けられた。

以前もブログに書いたことがあるけれど、「上高地」は私が国内で一番好きな場所。

20歳過ぎの5月末、友人と初めて旅行をして、それから10年以上経って再び行く機会が訪れたときは、まるで恋人に会いに行くような気分で、ワクワクドキドキしたことを覚えている。

それ以来今まで数回訪れ、秋の上高地が見たくて、日帰りバスツアーに一人で参加したことも。

最後に行ったのは2019年のこのとき↓

tsuruhime-beat.hatenablog.com

初めて訪れたときと同じ季節で、雪が残る美しい穂高連峰の山々を拝むことができた。

この小説にも何度も登場している、赤い屋根がトレードマークの「上高地帝国ホテル」は、散策の途中休憩でお茶したことがあるくらいで、このときもラウンジでお茶をしたのだった。

(以下の写真はそのとき撮ったもの)

(ラウンジのテラス席から)

午後5時から、マントルピース点火のデモンストレーションに立ち会えたり、ホテル内に図書室があることも、この小説を読んで初めて知った。

時間ごとに表情が変わる山々など、その自然描写も素晴らしい。

このホテルから河童橋に向かい歩くと、ぐんと視界が広がる場所とか、想い出の中の風景を次々思い浮かべながら読み進んだ。

大正池

離婚してたまにしか会えない小学生の娘と、小旅行に来た、その父親の切ない気持ちが伝わって来る話も良かった。

また、退職・定年=リタイアというイメージだったけど、決してそうではなく、年齢を重ねたからこそ向かうことが出来る場所もあり、新しいことを始めるときの高揚は、10代の頃と変わらないと、上高地で気づく女性の話も…。

夫がなくなった後も、30年前にトレッキングツアーで知り合った人たちと、年に一度、ホテルのラウンジで会う約束をしている主人公の話も良かった。

時期はGWが終わった頃とだけ決め、参加者は年々少なくなっても、アバウトに待ち合わせている。「今年も会えたね。」と再会を喜び合い、とりとめもない話が出来るなんて、そういう旅も憧れるなぁ。

 

固定観念で世界を狭めないで、好きなことを好きにやろう。」

「こんなことできないとか、無理とか言っていたら、全部できない。あなたにしかできないことが、あなたたちはなんだってできる。」

との、作品中の台詞も心に響いた。

 

最終話は、主人公が日比谷のホテル内で垣間見た、文学賞の授賞式。

その光り輝くその場所が忘れられなくて、その場所に立ちたいと願った女性の話は、著者の体験談なのかな?と感じた。

 

この本を読むと、「帝国ホテル」に泊まってみたくなります♪

 

(本の見返しは、透けている用紙で、それも素敵です。)