つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

原作と同じく余韻が残る映画『平場の月』

数年前に読んだ小説が、静かで心に残る作品だったので、公開された映画の方も、先週末、早速観に行ってきた。

山本周五郎賞を受賞した朝倉かすみの恋愛小説を映画化。『花束みたいな恋をした』などの土井裕泰が監督、『ある男』などの向井康介が脚本を担当。

主人公の二人、青砥健将を堺雅人、須藤葉子を井川遥が演じている。

【あらすじ】

主人公は50歳の青砥健将と須藤葉子

作品舞台は埼玉県西部の朝霞で、二人は中学時代3年間クラスメートであり、今もこの辺りに住んでいる。

離婚経験もあり、今までの人生で酸いも甘いも知り尽くして来たような二人。経済的にもそれぞれ精一杯のところで踏ん張っている。

青砥は須藤に中学時代ほのかな恋心を抱いて、告白して振られたことがある。

ある日、青砥健将が健康診断での生検の結果を訊きに訪れた病院の売店で、須藤葉子とばったり再会する。須藤はこの病院の売店に勤務していた。

それから二人のぎこちない付き合いが始まる。程なくして、須藤の大腸がんが見つかる…。不器用な二人の大人の恋愛物語。

tsuruhime-beat.hatenablog.com

(あらすじは、こちら4年前の小説の感想から)

平場とは、一般的な場所のことだそうだ。

映画を観てから小説を読むと、映画の配役が目に浮かんでしまうので、小説を読んだ後に映画を観て良かったと思う。

でも、堺雅人井川遥も、主人公のイメージと違和感なかった。

堺雅人もごく普通の中年男性を演じていて、地元で再就職した印刷会社で働く姿も役に馴染んでいて自然だった。

二人の中学時代を演じていた若い役者二人も良かった。

小説で、須藤は、同級生の男子から浜田朱里に似ていると思われていたので、読みながら浜田朱里が脳裏に浮かんだような。

だからか、中学時代の須藤役の女の子も、浜田朱里に雰囲気が似ている気がした。

小説の方は、冒頭で二人の結末が分かっていたけれど、映画の方は、そうではなかった。

50代になると、自分のことだけでなく、親の介護など様々な問題が出て来る年代。

そしてこの主人公たちも、配偶者と別れたり、死別したり、その後も色々あり、様々な人生経験を積んできた。なので、ただの恋愛ものではないので、同世代やもっと上の人が観るとより共感できると思う。

難病を扱っていても、作品全体の雰囲気はジメジメしてなくて。それも、須藤の気性によるものが大きいと思うけど。

小説で特に心に残った場面が、映画の冒頭に登場したので、それを映像で追体験できたのも良かった。

須藤がアパートの窓辺で、夜空の月を見上げ、青砥がその須藤を見上げるシーン。青砥が、「あのとき、何考えていたの?」と聞くと須藤が、「夢みたいなことを、ちょっとね。」と、微笑む。

他にも、自転車で二人乗りするシーンも、原作でも忘れがたい場面だったので、映像で観てもグッと来た。中学時代の二人が、同じく二人乗りする場面は原作ではあったかのかどうか覚えてないけど、そのラストシーンも、詩的で切なく美しい映像だった。

 

人工肛門ストーマについては、映画より原作の方が、その大変さ、苦悩が、詳細に描かれていて、読んでいても身につまされた。

映画では、主人公にストーマの説明をしていたのは、役者ではなく実際の看護師かな?思ったくらい、専門的な雰囲気がした。

また、脇役では特に、青砥の、人情味ある上司役・でんでんや、二人が通った居酒屋のおやじさんが味わい深かった。特に居酒屋のおやじさん(塩見三省)は、台詞はほとんどないけど存在感いっぱいで。終盤、青砥に対しての、さり気ない思いやりで涙腺崩壊だった。

その場面でも流れていた、薬師丸ひろ子の「メイン・テーマ」。昔、青春時代に流行っていた歌謡曲が流れてきて、二人が同時に反応して一緒に口ずさむのは、まさしく同年代だからこそ。

それから、須藤の妹役も、素直で可愛らしく好感が持てた。

少しだけ登場した、須藤の元恋人役・成田凌は、まさにはまり役だった。

小説の感想にも書いたけれど、青砥が、認知症の母親の施設に面会する度、繰り返される、「ところで、どちらさまですか?」「息子の健将だよ。」「息子は死にました。」とのやりとりは、やはり切なくもあり可笑しかった。年老いた母親役の役者さんも、本当の認知症の方かと思えるくらいとても自然な演技で。

 

原作で残念だなと思ったことについて、映画でもラスト同じように感じた。

(以下ネタばれなので、ご注意下さい。)

 

半年後の検診で医者から再発を言い渡された須藤は、その夜の青砥からのプロポーズを拒絶し、突然もう青砥には会わないと決断してしまう。

でも今年は術後で無理だったけど、来年の須藤の誕生日には近場へ温泉旅行に行こうと言った約束は生きているはずだ、と青砥。

その1年間LINEの返事は一切返さない須藤に対して、青砥は、須藤のお誕生日が巡ってくるのだけを楽しみにしていた。

そしてその誕生日が迫った1年後、同級生から須藤の死を突然知らされてしまう青砥。

中学から、精神が太くたくましいと同級生に思われてきた須藤。それは、子供の頃から複雑な家庭事情ゆえに、一人で生きてこうという気持ちがずっと強かったから。

なので、弱っていく自分を青砥に見られたくないのもあるだろうし、愛するがゆえに、青砥にこれ以上迷惑をかけてはいけないって気持ちが強かったと思う。

でも突然、須藤が亡くなっていたという知らせを受けたときの青砥のショックは計り知れないし、青砥は、最後までずっと須藤に寄り添いたかったのではと思うと、やはり私なんかは、二人の最後の1年間がもったいなく感じてしまった。

原作ではその辺り、青砥の気持ちが映画よりもっと表現されていたような気がするけど。

運命は変えられないけど、願わくばこの二人に、「ちょうどよくしあわせなんだ」という気持ちを、ずっと味合わせてあげたかった。

結末は知っていても、やはりラストは涙をこらえることはできなかった。

エンディングで流れる、星野源の「いきどまり」も涙を誘うような曲で。

 

ちなみに、私は主演の二人どちらもファンってほどでもなく、堺雅人さんに関しては、「VIVANT 」は観ていたけど、「半沢直樹」は観ていなかった。最近の出演番組で堺雅人さんを観たのは、先月、ピラミッド内部などのエジプト調査に行った、NHK「エジプト悠久の王国」の再放送。これは面白かった。

 

余談だけれど、作品の舞台になったのは埼玉県・朝霞市。特に映画ロケは「朝霞台駅」周辺で行われていたそうで、二人が再会したのもこの辺りだそう。

私も、この駅前にあるスタジオで、ビートルズバンドの一つでよく利用しているので、撮影場所もこの付近と分かり親近感が増した。

 

youtu.be