つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

『平場の月』(朝倉かすみ・著)

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以前話題になっていて気になっていた本『平場の月』(朝倉かすみ・著)を、友人が貸してくれたので読んでみた。

「平場」とは、一般的な場所のことだそうだ。

あらすじ

主人公は50歳の青砥健将と須藤葉子。

作品舞台は埼玉県西部の朝霞で、二人は中学時代3年間クラスメートであり、今もこの辺りに住んでいる。

離婚経験もあり、今までの人生で酸いも甘いも知り尽くして来たような二人。

経済的にもそれぞれ精一杯のところで踏ん張っている。

青砥は須藤に中学時代ほのかな恋心を抱いて、告白して振られたことがある。

ある日、青砥健将が健康診断での生検の結果を訊きに訪れた病院の売店で、須藤葉子とばったり再会する。須藤はこの病院の売店に勤務していた。

それから二人のぎこちない付き合いが始まる。

程なくして、須藤の大腸がんが見つかる…

不器用な二人の大人の恋愛物語。

 

感想

中学時代から再会した後も、お互いを「須藤」「青砥」と呼び捨てにする感じは、私も中学時代を思い出すような懐かしい響きがあった。

物語の冒頭、既に二人の結末が分かってしまっているので、それに至るまでの二人の物語をまるでドキュメンタリー映像を見ながら追体験しているような、リアルで切ない小説だった。

特に後半、須藤が子供の頃の辛い思い出を青砥に話す場面。

その経験以来、須藤は一人で生きて行くことを決意し、強く生きて行くために子供なりに考えた訓練の様子などを語る時やそれに対する青砥の思いなど心を強く揺さぶられ、その辺りは涙無くしては読めなかった。

物語の中で互いに相手を大事に思う気持ちも切々と伝わって来た。

とりわけ、青砥が須藤に対する面倒見の良さには読んでいて頭が下がる思いだった。

須藤を支えたい青砥の気持ちが痛いほど伝わって来て。それに全面的には寄りかかりたくない須藤の気持ちも。

 

印象的な台詞たち

「この歳で甘やかしてくれる人に会えるなんて、僥倖だ。」との須藤の台詞など、この二人の間で交わされるささやかなで何気ない会話も心に残った。

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目次自体が、このように各章に出て来る須藤の台詞になっていて、

「夢みたいなことをね。ちょっと。」とか「ちょうどよくしあわせなんだ。」など、その場面とともに読み終わった後も心に残る言葉だった。

 

心に残った一文

「仕事が退け、それがいわゆるひともしごろで、暗くなった空にはまだ水絵具で塗ったような赤い夕焼けが残っていて、だけど架空線は黒いというそんななか、自転車で帰った我が家が、まるでただの建物のようにそこに建っているのを見ると、女のような吐息が漏れた。須藤はいないんだなと思った。」

という、青砥の淋しさを表している部分。

日暮れ時の「火点し頃」をひらがなで書いている点と、「架空線」の意味が分からず調べたら、鉄塔などによって空中に張り渡した電線のことだった。

脳裏にその情景が浮かび上がり、青砥の心情がしみじみ伝わって来たのと同時に、さすが作家だと言葉のチョイスが違うなぁと感心した。

 

また、青砥が認知症の母親の施設に毎週日曜毎に通っている際、青砥と母親との間で交わされていた、

「どちらさまですか?」「息子の健将。」「息子は死にました。」という会話。

毎回挨拶代わりのようになっていて、切なくも笑えるけれど、慣れるまでは青砥もきつかったのではと思う。

 

それから、人工肛門であるストーマについて、ストーマを装着したモデルさんや芸能人の記事など以前目にしても、実際それに慣れるまでの苦労など分からなかったけれど、この小説を読んで少しでもその大変さが理解出来た気がした。

自分がそうなってみて初めて分かる事だとは思うけど。

 

読み終えて時間が経っても、物語の二人が実際に存在していたようなリアルな感覚が残った。

せっかく与えられた命、精一杯生きるしかないんだと頭では分かってしても、実際その立場になってみないと分からないことはたくさんあると思う。

でも何気ない普段の生活その一瞬一瞬が大切なんだと、立ち止まって気付かせてくれるような作品だった。

 

この小説は、読書家であるRieさんという友達から借りたものだ。

Rieさんは、ブログ仲間であるsmokyさんの昔からの友人であり、その関係で私のブログにもたまにコメントを下さるようになった。

そこでLiveを見に来て下るという話から、一度会っておしゃべりしましょうってことになり、ひと月ちょっと前に初めてランチをご一緒した。

その時、まだ読んでいなかったらと貸して下さったのだ。

私がこの本を読んでみたいと、昨年コメント欄に書いたことを覚えていて下さり嬉しかった。

初めて会ったRieさんの印象は、思っていたより個性的で面白い方だった。

「つるひめさんって、まるで頭の上に漫画の吹き出しが浮かんでいるような喋り方で面白い。」とケラケラ笑いながら言われ、誰かからそんな風に言われたのも初めてだし(笑)

4時間近く話が弾みあっという間の楽しい時間だった。

小説家は自分の人生経験を作品に反映させながら書くのだろうから、それは身を切るような大変な作業だろねってその時も話したけれど、ブログも本などの感想含め、自分の心情を赤裸々に書くことは、私にはこっぱずかしくてなかなか出来ないという話もしたっけ(;^ω^)

Rieさん、良い本を貸して頂きありがとうございましたm(__)m

 

最後に、この小説にも合うような静かなチェロ曲を♪

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20年以上前に購入したアルバム、藤原真理『風の想い出』

UPしたyoutubeには全曲入っているようですが、私は時に一番最初の『バッハの組曲 オーケストラのための童話(セロ弾きのゴーシュより)』(作曲・林光)という曲が大好きで、当時飽きることなくずっと聴き込んでいました。

バッハの無伴奏組曲第1番プレリュードが原曲のまま弾かれ、その上に林光のメロディが豊かなハーモニーをともなって弦楽器を主体にうたわれる。宮沢賢治は、音楽を自然=宇宙、つまり超越的な世界と人間が個人的に交流する場と考えていた。」(CD解説より)

何とも、奥深く惹き込まれる曲です♪

 

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