つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

『犬がいた季節』(伊吹有喜・著)

2021年本屋大賞第3位に選ばれた小説。最近になって読んでみました。

三重県四日市市進学校を舞台に、学校に紛れ込んだ白い犬「コーシロー」を世話する、高校生たちの青春を描いた連作短編集。

昭和の終わりから平成に渡っての12年間が描かれていて、最終話はそれから20年近く経った令和元年8月のある日のこと。

各章に犬のコーシローは登場しても、話の主人公はその年代の高校3年生たちだ。

阪神大震災ノストラダムスの大予言など、その時代背景とともに描かれていて、その頃流行った歌などには懐かしい気分にかられた。

 

この高校でたくさんの生徒達に会えても、春に桜が咲く頃になると、3年間馴染んだ生徒達とはもう会えなくなると年々分かってくるコーシロー。

そしてまた新しい生徒たちと出会い、3年間一緒に過ごすことになる。

 

コーシローという名付けのきっかけとなった男子の光司郎と、優花の切ない恋模様に胸がキュンとなった第1話「めぐる潮の音」。

その後の話でも、最初に世話をしてくれた優しい優花をずっと待ち続けるコーシローの気持ちに切なくなる。

 

第2話「セナと走った日」は、仲が良かったわけでもない男子二人が、F1グランプリのチケットを手に入れ、鈴鹿サーキットを自転車で目指すことで芽生えた友情話。

目の前で憧れのアイルトン・セナの激走を体感したことなど、その場面や音が脳裏に浮かび、二人と一緒になってワクワクしながら読んだ。若いっていいなぁ。

昔、A級ライセンスを持っていた友達から鈴鹿サーキットの話を聞いて、一度見に行ってみたいと憧れたことを思い出し、読後、それは今からでも出来るんだと背中を押された気分に。

 

「スカーレットって?」と思いながら読み、話の後半そのタイトルの意味が分かった、第4話「スカーレットの夏」。

学校のロッカーが隣り合わせの男女、鷲尾と詩乃。

そのロッカーに放課後用の着替えを入れ、お互いの秘密を共有する二人。

パンクバンドでボーカルをやっている鷲尾は、詩乃の前でアカペラでスピッツの「スカーレット」を歌う。

スカーレットとは「赤い色」という意味。

2人で見に行った四日市コンビナートの夜景。

その煙突から吹き出るセントエルモの赤い火。

スピッツは最初パンクバンドだったらしい。それ以来、スピッツに親しみが湧いて時々歌っている。」という鷲尾の言葉に、

へぇ、スピッツって最初はパンクバンドだったのかと、私も意外だった。

卒業式の後、ブルーハーツスピッツの自作カバーCDを詩乃に渡す鷲尾。

その歌声に勇気づけられ、詩乃は列車に乗って旅だったってことは、犬のコーシローだけが知っていること。

 

各主人公達が胸の内に語られた、相手に口に出せなかった言葉の数々も、切なく胸に迫って来た。

誰にでもあるような、そんな青春の思い出に、読んだ人皆懐かしい気分にかられるのではないかな。

「絵や写真は、一瞬を永遠にする方法…」

「見えていたものが見えなくなるとき、それは新しいものが目に映るとき…」

「明日の行方はこの手でつかむのだ。」等々、印象に残る言葉も多々あった。

 

最終話「犬がいた季節」とは、学校の記念日に正面玄関に飾られた大きな絵のタイトルでもある。その絵のテーマは<迷った時に戻る場所>。

迷ったときに想い出の中であっても戻れる場所がある。温かいその場所があるというのは、人生においてとても幸せなことだと思う。

またこの最終話では、まるでカーテンコールのように、大人になった各話の登場人物たちがさりげなく登場する。

それぞれの再会や、夢を実現した卒業生もいて、心から祝福したくなったり、あぁ良かったと思える場面が多々あり、読後も爽やかな気分に包まれた。

 

高校時代というと輝かしい青春時代というイメージだけれど、この作品に登場する生徒たちも、進路の問題ほか、様々な家庭の事情を抱えていたりする。

自分を振り返ってみても、成績や進路のことから家族や友達関係・好きな子のことなど、悩み尽きない3年間だったように思う。

そんなときに、この高校に住み着いた犬「コーシロー」がいてくれたら、どんなにか慰めになったことかと思う。

いや、自分はその立場になってみたら、この高校生たちのようにきちんとコーシローの世話をしたかどうかは疑わしいけれど。

でも、コーシローがこの学校にいた時代の犬好き生徒達は幸せだっただろうな。

もちろん、この学校でのびのびと一生を送れたコーシロー自身ももちろんだけど。

恋する生徒は、その匂いによって分かるというコーシローの嗅覚も面白かった。

 

犬を飼った経験がある人、進学や就職とともに故郷を離れた経験がある人には、より共感出来る物語だと思う。

 

本のカバーを外してみてびっくりした。

表と裏表紙には、コーシローと優花さんの絵が。

これは美大を目指していた登場人物の二人が、それぞれの時代で、コーシローの世話をする「コーシロー会」日誌での、そのカバーの下に隠すように描いた絵だ。

なんて読者サービスに溢れた、小粋なことをする著者だろうと嬉しくなった。

(裏の絵はネタバレになってしまうけど、こちらは表の絵。)

作中、1995年のオリコン年間ランキング一位は、ドリームズ・カム・トゥルーの『LOVE LOVE LOVE』とあり、私もこの主題歌のドラマは観ていたので懐かしかった。ドリカムは昔、ダイドーブレンドコーヒーCMでの『彼は友達』でファンになり、3rdアルバムの『WONDER3』が一番好きだったな。

この本の主人公達よりずっと前だけれど、今の季節になると思い出す、私が青春時代に大好きだった曲の一つは、ユーミンの『潮風にちぎれて』だ。

 

youtu.be

「あなたと来なくたって、私はもとからこの海が好き。」というフレーズが特に好きだったっけ♪

同じ方がUPしていた、その美しい映像につい見入ってしまった、同じくユーミンの『晩夏』。どちらも夏にピッタリの曲ですね。

youtu.be