『新しい星』(綾瀬まる・著)
大学時代、合気道サークルの友人同士だった男女4人の連作短編集。
青子、茅乃、卓馬、弦也、皆それぞれ困難な事情を抱えている。
女性同士の青子と茅乃の友情を軸に、30代から40代にかけてそれぞれの喪失や再生などが描かれている。
娘を生後2ヶ月で亡くし、絶望の中で失ったことばかり考えていた青子。
離婚をした夫とはよい恋愛よい結婚をし、それはよい出産よい子育てへと、道は真っ直ぐに続いていくのだと信じていた。
ある昼下がり、自分の手が娘の感触を覚えていることに突然気付く。
「自分はなくしたのではなく、あの素晴らしいものに2ヶ月も触れさせてもらったのだ。その感触を生涯失わないと感じたとき、あるとないとが反転し、生きられるようになった。」
「自分は失ったのではなく、得たのではないか。」
という青子の気付きからの、その発想の転換に、作品序盤から凄いなとハッとさせられた。
何かずっと悩んでいて、ある日何気に空を見上げた瞬間、まるで空から光が差し込まれたように、突然閃きと勇気が湧いて来た経験が自分にもある。人にはそんな瞬間が訪れるときがたまにあるように思う。
窓から降り注ぐ日差しの中で、突然思い出した娘の暖かい感触とその閃きは、青子にとってもそんな瞬間だったんじゃないかな。
そして青子は思う。
あるものはないものに似ている。
そこに「ある」ものは、常に数パーセントの「ない」を存在の内に含んでいる。
同じようにどんな「ない」にも、常に数パーセントの「ある」が混ざり込んでいる。
この思いは、また別の登場人物、弦也の思いにも響き合っているように感じた。
「いなくなったのに、いなくなったような気がしないのは、(自分が友達や人間としてその人から)受け入れられた感覚がずっと続いているから。」
諸行無常じゃないけど、今あるものもいつかは無くなるのだし、既になくなったものでも心に中には今もあり、それは薄れていっても全く無になることはないような…
例えば、認知症でも笑っているのはその瞬間だけで直ぐに忘れてしまっても、楽しかった感情はどこかに残っているのと同じで。
故人を思い出すときでもそうだけど、だったら同じように、わざわざいなくなったなんて、思わなくてもいいんだと思う。
そう思うと、人間関係だけでなく、今まで生きて来て心を動かされた、ありとあらゆるものが、自分の記憶から消え去ってしまった後でも、そして自分自身が消え去った後でも、時間軸のどこか、別の場所に残っているような感覚になった。
それは以前観たドラマ、『大豆田とわ子と元三人の夫』での忘れられない場面をふと思い出したからかも知れない。
親友を亡くした喪失感を、とわ子(松たか子)から打ち明けられた、公園で出会った男(オダギリジョー)はそれに対し、
「人間は現在だけを生きているのではない。
過去とか未来とか現在とか、時間は過ぎ去っていくものではなく、場所というか別のところにあるものだと思う。だから、あなたが笑っている彼女を見たことがあるなら、今も彼女は笑っている。」と話す。
この後、「だから生きている人は幸せを目指し、楽しんでいいんだ。」という話に続くのだけど。
印象的な台詞がたくさんあったこのドラマ、このときの台詞が一番心に残っている。
話は戻り、茅乃が術後のリハビリのため、合気道を再開したことにより、青子からの呼びかけで、久しぶりに道場で再会した4人。
話はコロナ禍にも進み、コロナ禍の中で生まれた家族の断絶にも話が及んでいく。
でもそんな困難な状況の中で、4人でリモート飲み会をしたり、お互いを気遣う、さり気ない友情に胸が熱くなる場面が多々あった。
他にも心に残った場面はたくさんあったけれど、会社での人間関係で家の外に出られなくなってしまった弦也が、自分の殻を破り少しの勇気を出して、ウマが合う新たな友人を得る過程も、そのときの心の移り変わりとともに心に染みた。
この4人の、人との距離感も、読んでいてとても心地良かった。
こんな距離感で、人と支え合える関係を自分も作れたらいいなと思った。
(余談ですが、登場人物の一人が、ブックマークによくコメントを下さる、あい青子さんと同じ名前だったので、おっ!と思った次第です♪)
『黄色いマンション 黒い猫』(小泉今日子・著)
2007年~2016年まで、雑誌「SWITCH」に連載していたエッセイ「原宿百景」から収録。講談社エッセイ賞受賞作。
キョンキョンは中学時代から原宿が大好きだったそうだ。
「私にだって普通の日常があった。」
原宿を歩きながら、過去や未来や心の中を旅した、そんな旅の記録であり、大切な記憶を綴ったエッセイ集。
三姉妹の末っ子として生まれ、育った町、厚木でのこと。
友人の誘いで「スター誕生」に出した応募はがきで人生が変わったこと。
離婚して数年後、43歳からの3年間猫と2人で住んでいた葉山のこと。
両親はじめ家族のことや、猫との日々、忘れられない人たち…などなど。
サクサクと気軽に楽しく読めた。
「続けることとは、変わらないということではないと最近感じる。同じ場所にいても景色は確実に変わって行く。その景色が見えるかどうか、その景色を楽しめるかどうか、それが大切なのだと思う。」
「部屋に花を飾る。自分の心の中の少女のために花を選ぶのも悪くない。誰も見ていない時に、自分自身を大事にしてあげられるのは、大人の女の醍醐味ですよ。」
などの言葉が心に残り、数多くのドラマの中で生き生きと演技していた姉御肌で気さくな小泉今日子と、その文章から受ける印象は全く同じだった。
キョンキョンが住んでいた原宿の黄色いマンションは、まだあるのかな…
中井貴一と共演していた大好きだったドラマ、『最後から二番目の恋』での挿入歌、ヤエル・ナイムの"She Was A Boy"と"Go To The River"を最後に♪
これらの曲が入ったアルバム『She Was A Boy』は、ドラマをやっていた当時、友達が購入しててダビングしてくれたのだけど、無国籍的な雰囲気がするメロディーの、この"She Was A Boy"は特に好きでした。