この映画も、先月公開された中で観たいなと思っていた作品。
なんて温かくて素晴らしい作品だったのだろう。
音楽も良く、笑って泣ける、まさに私好みのハートウォーミングな作品だった。
でもそれだけではない。本当に観て良かったと誰にでもオススメしたくなる。
(以下、ネタバレ気味の感想です。)
家族の中でただ1人の健聴者である少女の勇気が、家族やさまざまな問題を力に変えていく姿を描いたヒューマンドラマ。
2014年製作のフランス映画「エール!」のリメイク。
海の町でやさしい両親と兄と暮らす高校生のルビー。彼女は家族の中で1人だけ耳が聞こえる。
幼い頃から家族の耳となったルビーは家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。
新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいた顧問の先生は、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めるが、 ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対する両親に、ルビーは自分の夢よりも家族の助けを続けることを決意するが……。
タイトルの「CODA(コーダ)」は、「Children of Deaf Adults= “⽿の聴こえない両親に育てられた⼦ども”」のこと。
監督は、シアン・ヘダー。2021年製作、アメリカ・フランス・カナダ合作。
(解説・あらすじは「映画・com」より抜粋)
ルビー(エミリア・ジョーンズ)の家族を演じているのは、実際に聴覚障害を持つ俳優たちだそうだ。
聴覚障害を抱えていても、とても明るく陽気な両親。
劇中出て来る手話の会話の中で、両親たちの下ネタ話も満載だ。
一見ぶっきらぼうのようでも実は妹思いの兄。
その家族皆、手話で話す場面が、手を打つ音やその息遣い含め、リズミカルでとても力強かったのも印象的だった。
序盤、両親がラップ曲を大音量でかけながら娘の学校まで車で迎えに来る場面がある。音が大きすぎると慌てて小さくする娘に、ラップは大きい音じゃなければと再び大きくする父。父親は、ラップはベース音が身体に響くから好きだったのだ。なるほど。
ヤングケアラーの問題は、最近日本でも注目されるようになってきたけれど、家族の中でただ一人健聴者のルビーも、小さい頃からずっと家族の通訳をしてきて、自分の時間を持てるどころではなかったのだなぁと観ていて思い知らされる。もちろん自分の夢を持つことも。
最も印象的だったのは、学校の合唱発表会での場面。
家族三人でルビーの歌を見に来ても、聞こえないので夕飯の話などをし始める両親。
すると突然、劇場内が全くの無音になり、耳が聞こえない状態を、映画を観ている私たちも暫し体感することになる。
そうして初めて、私も聞こえないことのもどかしい気持ちに向き合うことができ、家族の気持ちが直に伝わって来るようだった。
ルビーのその素晴らしい歌声に涙する人もいる周囲の様子から、初めて娘がどれほどの歌声の持ち主かと気付く両親。
一番その歌声を聴きたかったのは家族であるはずで、どんなに聴きたかったことだろう。
周囲の観客が沸いている様子に戸惑いながら、ニコニコしながら拍手したり、周りと同じ仕草を合わせる家族。
これまでの人生も、戸惑いながらそうやって周囲と合わせるしかなかったんだってことにも気付かされる場面だった。
その夜、家の外で、父親が娘にここでもう一度歌を歌って欲しい頼み、ルビーが歌い出す。
その娘の喉を両手で優しく挟み、その振動に耳を傾け、全身で聴きとろうとする父の姿にもたまらなく心揺さぶられた。
一番感動的だったのは、クライマックスシーンでルビーがジョニ・ミッチェルの『Both Side Now(青春の光と影)』を歌う場面。
何とか自分の歌声を家族に届けたいとの思いから、手話と共に歌ったその渾身の歌声は、字幕の歌詞が心にしみ入り、その歌詞とルビーの人生が重なってるようで涙が止まらなかった。まさにこの作品にぴったりの選曲。
今、人生を二つの側面から振り返ってみているような内容のこの曲。
ものごとは片方から見ただけでは分からず、別の視点も持つことが大切とよく聞くけれど、両サイドから見てみると、また別の思いに気付くことがあり、それだけ人間の幅も広がるんだろうと思う。
この作品の中でも、ルビーがデュエットの相手役であるマイルズから、「明るく仲の良い君の家族こそうらやましい。」と言われる場面でもそう感じた。
また、一人だけ健聴者として自分が生まれたときの気持ちはどうだったかと、ルビーが母に訪ねる場面。
自分達と心が通じ合わないのではという不安感ゆえに、落胆したという気持ちを正直に答える母親。
もちろん嬉しかったとの返事が返ってくるとばかり思っていた私は意外だったけど、それも、聴覚障害者側の人たちの気持ちにハッとさせられた場面だった。
一方ルビーは、自分一人だけ家族と違い、ずっと疎外感を感じていた。
「聞こえること」と「聞こえないこと」も、その立場に立ってみないと理解出来ないことはたくさんあるのだと、そのことにもこの作品によって気付かされた。
このyoutubeにあった、主演エミリア・ジョーンズが歌う「Both Side Now」は、訳も映画と同じだったと思う。
ジョニ・ミッチェルの『Both Side Now(青春の光と影)』は、昔から慣れ親しんできだ曲だけれど、改めてこの和訳歌詞とともに味わってみて、なんて深い曲だったんだろうと、観てからずっと余韻に浸っていた。
失ったものもあるけど 得たものもある
日々を生きてきた中で
人生を両側から見てきた
勝者と敗者を(人生の浮き沈みを)
でも何だか
人生の幻影を思い浮かべただけ
人生のことなんてまったく分からない
歌詞のこの部分が特に心にしみ、歌詞全てが、今を生きる多くの人に共感されるのではと感じた。
この曲の他、合唱でのデヴィッド・ボウイの『スターマン』など、良い曲がたくさん使われていた。
ルビーの家族も素敵だったけれど、ルビーの才能を見抜き、指導していた合唱部の顧問であるV先生も、その熱心さといい人柄もユニークで温かくとても良かったなー。
自分も昔と比べ、様々なことに対して別の視点を持つことも出来るようになってきたけれど、この歌詞のように、人生が何かなんて全然分かっちゃいないんだと思う。
でもバカボンのパパなら、「それでいいのだ。」と言ってくれると思う。
(最近の近所の紅梅です。)