つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

短編ベストコレクション・現代の小説2020(徳間文庫)

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2019年に、小説や出版社のPR誌、Webサイト等に発表された数多くの短編小説から

選び抜かれた年間最優秀作のアンソロジー作品。

 

先月、図書館で借りた本。小説はつい好みの作家を選んでしまいがちだけれど、普段読んだことのない様々な作家の名も並んでいたので興味深かった。

 

趣の違うそれぞれ面白い作品だったけれど、15篇もあったので中でも印象に残った数作品を紹介します。

 

『春雷』(桜木紫乃・著)

北海道・日本海側の港町を舞台に、姉弟仲が良い、姉マツと弟の忍を中心に描かれている。

踊りが上手く若くして踊りの名取となった同性愛者である弟の忍。その忍が密かに思いを寄せる人への儚い思いと、その弟を思いやるマツの心情が切々と伝わって来た。

 

窓の外に広がる日本海にどすんと雷鳴が鳴り響き、空を割いて見事な稲妻が光る。

その様子を「怖さよりも美しさが勝って、見ないではいられない。」と幼い頃からいつも二人窓辺に佇んで見ていたという情景や、

マツが仕立てた浴衣を着て悲恋の演目を舞う弟の姿の描写などが、まるで映画の1シーンのように脳裏に浮かんで来て、忍が愛読していた金子みすゞの詩の一節と共に余韻の残る作品だった。

 

今の時代だったら、名前の通りそこまで耐え忍ばなくても良かったはずなのにと切なかった。

 

 

『若女将になりたい!』(田中兆子・著)の主人公である27歳の範之は、同じく性的マイノリティであっても『春雷』の忍に比べて見た目あっけらかんとしていて明るいトーンの作品。

 

範之は、鞆の浦にある実家の老舗旅館に、長髪・スカート・メイク姿で帰省して、密かに旅館の若女将になりたいと願っている。母には拒絶されるけれど、育ての父は血の繋がりがある弟よりも範之を跡継ぎにしたいと思っている。

その義理の父と範之との交流場面がとても温かく印象に残った。

 

 

『遭難者』(佐々木譲・著)

何となく既視感のあるタイムトラベラー物だったけれど、作品の舞台になっているその時代の月島・築地や浅草界隈に色々な思いを馳せることが出来るやはり余韻が残る作品だった。

 

外科医の児島は、宿直の夜、病院の7階にあるテラスから夜空からゆっくり隅田川の川面に落ちて来る光源に驚愕する。その直後、一人の男が病院に急患で担ぎ込まれて来る。

その男・槙野は、今が昭和12年である事を児島から知らされて驚く。

 

槙野は体調が回復すると、児島の紹介で浅草のダンスホールでピアノ弾きとして働き始める。 その昭和12年から、戦時中とオリンピック直前との三度だけこの二人がバッタリ出会うという、不思議な話だった。

 

児島の勤務先であるモデルの病院は、たぶん築地にある聖路加国際病院ではないかな。

作品の中でその病院は昭和12年の4年前に新館が竣工されたとあり、聖路加国際病院の新館がその頃出来たのかは分からないけれど。

 

 

『エルゴと不倫鮨』(柚木麻子・著)

舞台はお忍びでのカップルが訪れるような、都内の薄暗い会員制高級イタリアン創作鮨店。そこに突然、乳児を抱いた体格の良い場違いな中年女性が入店してきて注目の的となる。

 

子供の卒乳記念として来店したというその女性は、実はワイン通で、シェフも唸らせるような美味しそうな料理を次々に提案して、店内の雰囲気がガラッと変わって行くのが読んでいてとても痛快だった。

 

高級料理をご馳走して、落とそうと思っていた女性を連れた男性陣の憤慨する気持ちに反して、連れの女性達はその女性に親近感を深めて行く。

ラストは雨上がりの空のようにスカッとした読後感だった。

 

 

男女のメール文だけで構成されていて、最後ドキッとする『緑の象のような山々』(井上荒野・著)や、

会社のリストラで追い出し部屋に左遷された男性社員達が、謎の初老男性から毎日就業時間後にボクシングを習い始め、後半の展開に爽やかで温かい気持ちになった、ファイトクラブ』(奥田英朗・著)も良かった。

 

気が付いたらいつの間にか周囲や世間の人間から「怒り」の感情が消えていて、かつて学生時代のバイト先で怒りまくっていた女性であるエクスタシー五十川と結託して、怒りを取り戻したいと奮闘する主婦・真琴が主人公の『変容』(村田沙耶香・著)も面白かったな。

 

 

ところで、月島界隈が舞台の『遭難者』を読んでいて思い出したのは、以前この辺りを歩いていた時に、昔父親が勤めていた勤務先の建物を偶然発見したことがあり、その時ついでにその付近をぶらぶら散策してみたら、マンション群の中にあった小さな「勝鬨小橋」という橋の上でちょうど夕日が綺麗でこの写真を撮ったことだ。

 

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(橋の反対側の風景)


この小説に出て来た、月島倉庫群もその橋から臨め、外科医・児島が見た不思議な光源はこの川に落ちたのかなぁと、改めて写真を見ながら想像を巡らせてみた。

 

生前は苦手な父親だったけれど、父親が通勤していた時はまだ大江戸線が開通していない時で、運動のため毎日JRの有楽町駅から月島の勤務先まで、勝鬨橋を渡って歩いて通っていたという話も懐かしく思い出したり。

 

この写真は3年前に撮ったもので、この橋を渡った晴海ふ頭方面はオリンピック選手村を建築中だった。

 

 

この夕日の写真にふさわしい1曲をUPするとしたら、The Doors のこのゆったりとしたIndian Summer がぴったりかなぁー♪

 

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