つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

絲山秋子・著『御社のチャラ男』

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1月末頃図書館にリクエストした新刊小説だけど、図書館がずっと休みだったので

先月末に用意出来たと連絡が来た時は、何をリクエストしたのかすっかり忘れていた。

 

つべこべ言うなら自分で購入したまえ。

はい、すみません。

 

(本文内容に触れているので、読まれる予定の方はご注意下さい。)

 

 

とある地方都市のジョルジュ食品は、人員がいつも足りないブラック企業だ。

そこに勤める三芳部長は、陰で皆からチャラ男と呼ばれている。

この三芳部長の事を中心に、周りの人々が入れ替わり語り手となる連作短編集。

 

 

この登場人物が次々に語り手となる連作短編集って、今流行りなのだろうか。

昨年何冊か読んだ、寺地はるなも連作短編集が多かった。

 

 

この小説は、タイトルだけ聞くといかにも軽く読めるユーモア小説風だけど、結構深い話で余韻が残った。

 

13人が次々語るのに、登場人物がこんがらがることもなく、皆個性際立っていて、それぞれ不満や悩みを抱えながらも、ユーモアな台詞を交え、その人なりの核となる考えが伝わって来て面白く引き込まれた。

 

紆余曲折あったチャラ男が、最後に悟りを開いたかのような自身の考えに共感も出来た。

 

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(目次もチャラ男がずらりと並び、ユニーク)

 

見た目がチャラいだけでなく、自己中でサボっていても帳尻だけは合わせられ、直ぐにキレ易く、弱者に対しては常に強い態度。それがチャラ男である三芳部長。

 

「チャラ男って、一定の確率で本当にどこにでもいるんです。

外資系でも、公務員でも。仕業でも、人間国宝の中にも。

関東軍にだっていたに違いありません。」

 

この辺りも笑えた。

 

私も過去会社勤めしていた時もそれっぽい同僚はいたし、チャラ男に限らず、蟻の世界の例えと同じようにどこの組織やグループにも、一定数いい加減な人物がいた方が上手く回るとは以前からよく聞く話だ。

 

三芳部長がチャラ男なら、しっかりしている自分はシカ男だ。」と思っている社長自身も、読んでいてあまり好人物にも思えなかったけど、

 

密かに政治家を目指している20代の女性社員に対して述べている社長自身の人生観には、共感出来る部分があった。

 

それは、野心と才能さえあれば政治家にだってなれるという部分で、

 

「車輪は自動車みたいに4つあるといい。政治の世界しか知らない政治家は一輪車に乗っているように危うく直ぐ倒れてしまう。政治と経済だけでも自転車みたいに走り続けていなければ倒れてしまう。政治と物理工学と哲学と音楽が専門なら、立ち止まっても強いだろ。私も出来ちゃいないけどね。」

 

例え専門的でなくても、読書や音楽、映画等、好きなことは生きていく上で力になってくれると共感出来た部分だ。

 

 

野心がないとあちこちのお偉方から批判されている、チャラ男の妻の前夫の、

 

「権力というのは正しさよりも、質量や面積を欲しがる。そして他人にも要求するものだ。俺は面積や質量を自分に与えようとは思わない。俺は線分でいい。考えのベクトルさえ示せていればいい。」

 

という思いにも共感出来た。

自分の考えの方向性を、いつも迷いなく示せればいいなと思う。

 

 

山登りが趣味の20代男性社員が、男女の社会生活の行動の違いを猿山に例えている猿山理論も興味深かった。

 

女の猿山は、豊かで優しそうだが、複雑で危険でもあるというくだりだ。

男と違うのは、山から離れれば離れるほど強くなるといっている。

 

なるほど~。

 

 

過労からメンタルを病んでしまい、休職していた女性社員・伊藤は、いい加減なチャラ男の、実はその軽やかさが羨ましく、自身の心は楽をしたいと叫んでいたと気付く。

 

13人の登場人物の中でこの伊藤と、男性社員・岡野の思いが一番共感出来て、この二人のやり取りも面白かった。

 

岡野はチャラ男のことを、仕事では自分が気付かない部分を押さえていて、そんなに悪い人ではないと思っている。

 

鬱病で休職していた伊藤に対しても、病気になる前に自分は気付いてやれなかったと後悔したり、窃盗癖があり解雇された同僚に対しての思いからも、その誠実な人柄が伝わって来た。

 

窃盗癖というのはギャンブルやアルコールなどの依存症に近い病気で、クレプトマニアという名があるそうだ。

 

それについて岡野が感じる、

 

「本人だって治したいけど、薬や修行で簡単に治るものではない。そういう病気は世の中にたくさんあって、病気の数だけ無理解がある。」

 

「悪いことをするのは、悪い人だからだろうか。」

 

という、こちらに問いかけられているような思いからも、人を表面的に見ない、見えていない部分に色々思いを馳せることが出来る人物だと感じた。

 

 

人は話す言葉より、心で思っていることの方が、不思議と相手には伝わると何かで聞いことがあるけれど、この社内でも、発した言葉は、その関係性の中でそれぞれの胸の内に受け止められているような気がした。

 

今は人々の心に余裕がないから、自由な意見も言いにくいなど、今の時代の生きにくさなども作品に反映されていた。

 

 

この小説は今年1月末に刊行されたのだけど、もうすぐ平成が終わり改元するとか、来年はオリンピックとか、物語の設定は昨年2019年の話なのだけれど、

 

びっくりしたのは、

まるで今年の新型を予言していたかのような言葉が色々出て来たことだ。

 

 

「オリンピックやめればいいのに。絶対何か問題が起きる。」

「九のつく年は、中国で波乱が起きるんだって。」

「具体的には想像つかないけれど、何か大事件が控えているという気がする。」

 

等など。

 

著者は予知能力があるのかと思ったほどだ。

 

読み終えて、大変な世の中になってしまった今年、作品中の皆はどうしているんだろうと、全ての登場人物に親しみが湧いていた。

 

 

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