つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

『ウランバーナの森』(奥田英朗・著)~ジョン・レノンひと夏のファンタジー

 

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奥田英朗の小説は、『イン・ザ・プール』を読んでからファンになり、その続編で直木賞を受賞した、精神科医・伊良部シリーズの『空中ブランコ』、元活動家の両親と一緒に沖縄に移住する少年の視点から描いた『サウスバウンド』、家族をテーマにした短編集『家日和』『我が家の問題』『我が家のヒミツ』、等など、とても面白かった。

 

イン・ザ・プール』『空中ブランコ』を読んだ時は、ドクター伊良部のような
破天荒なお医者さんにかかれば、皆気分が救われるんじゃないかって気がしたっけ。

 

この『ウランバーナの森』はまだ読んだことがなかった中の一冊、奥田英朗のデビュー作。

 

「この物語はフィクションであり、実在の人物とは関係ありません。」と記載されていたけれど、読み出せば、ジョン・レノンが主人公であることが直ぐに分かる。


主人公のジョンはそのままで、妻のヨーコはケイコ、息子のショーンはジュニアと名はかえてあるけれど。

 

ジョンはヨーコとの間の息子ショーンが生まれてから数年間主夫に徹していて、
76年から79年までは毎年夏を軽井沢で過ごしている。

 

解説を読むと、ジョンが音楽活動をしなかったこの空白期間の一時期を、著者はフィクションで埋めてみたいと思ったそうで、


「本書を心に傷を持ったある中年男の再生の物語として読んで頂ければ幸いである。」と書かれている。

 

この物語は、軽井沢で過ごしたジョンのひと夏のファンタジーという趣の作品だった。

 

その夏ジョンは軽井沢で酷い便秘に悩まされ、医者に通ううちに軽井沢の森の中で
ジョンに所縁のある様々な亡霊が訪れ始める・・・

 

というユーモアに富んだストーリー展開で、


ジョンに関する様々なエピソードも物語の中に盛り込まれていて興味深かった。

便秘のシーンでは、和式トイレでジョンがいきむ姿は想像したくないけれど笑える。

 

ジョンの前に現れる亡霊とは、自身のトラウマになってしまっているジョンが傷つけて来た人達以外にも、1978年にドラッグ大量摂取が原因で急逝した、ザ・フーの元ドラマーであるキース・ムーンが陽気に登場したり、10代のジョンが最も影響を受けたと言われているバディ・ホリービートルズのマネージャーだったブライアン・エプスタインなども登場する。

 

そのエプスタインについても、実際知られているエピソードが色々書かれていたり、
ジョンの生い立ちについても簡単に説明されていたけれど、

 

その中でジョンが5歳の時に行方知らずだった父が、ジョンの育ての親であるミミおばさんちにいきなり訪ねて来て、英国北部の保養地であるブラックプールへジョンと旅行に行った時のエピソードが詳しく書かれていた。

 

そこへ母が乗り込み両親が言い争っているのを見ていた、ジョンの張り裂けそうな気持ちが読んでいても痛いほど伝わって来て臨場感ある場面だった。

 

ジョンを連れ帰った母ジュリアは、結局姉のミミの家へまたジョンを預けてしまうのだけど。


この場面は、若き日のジョンを描いた映画『ノーウェアボーイ』にも出てきたと思う。

 

小説ラストの方で、そのジョンの母ジュリアも、かつて子供時代に母に虐待され確執があったため子育てに自信が無かったとあったけど、それも本当のことなのかな?と思った。

 


不思議で面白い作品だったけれど、読み終えて私が特に心に残ったのは、「ウランバーナ」と、日本で伝わる「」のもう一つの意味が出て来たくだりだ。

 

ケイコの別荘のお手伝いであるタオさんが、お盆のための仏壇の飾り付けなどの準備をしている時に、不思議に思ったジョンが、日本のお盆の風習についてタオさんから説明を受ける場面も、ほのぼのとしていて良かったのだけど、


この小説のタイトルである『ウランバーナ』という言葉について、ジョンが通っていたお医者が説明する場面も興味深かった。

 

「お盆って良い風習だね。」と呟くジョンに、「私が子供の頃はウラボンと呼んでましたよ。」
とのタオさん言葉に続きドクターが、

 

「正式には盂蘭盆会(うらぼんえ)というのですよ。元々の語源はサンスクリット語で苦しみという意味の『ウランバーナ』から来ているのです。」


「釈迦の弟子の目連という僧侶が、ある時地獄に落ちている母親を見つけて、なんとか天国に送り届けたいと思った。
そこで目連は釈迦の知恵を借り、様々なお祈りやお供え物を使って、旧暦の7月15日に母親を救うことが出来た。
それを記念して、釈迦がその日を、<ウランバーナの日>と定めたのですね。」

 

との解説に、へぇ~そうだったのかと、私も思わずガッテンボタンを押しまくりたくなった。

 

また物語の終盤、皆で精霊流しに行った時に、橋のたもとでお線香をあげる意味を訊いたジョンにタオさんが日本の橋の由来について、ケイコの通訳でジョンに語った部分。

 

「日本では、橋は端っこの『端』という意味もある。
つまりそれは、この世の端でありあの世の端でもある。
なので、橋は霊界と関わる場所として昔から考えられていた。
だから幽霊や妖怪が出やすいんだそう。」

 

「それは実際橋の名前にも表れていて、東京にある『面影橋』は、
橋の上で死んだ家族や知り合いに出くわすことから付いた名前。
浅草にある『言問(こととい)橋』も同様で、橋の上で何かを問いかけると、ご先祖様の答えがどこからともなく返って来るんだって。


細語橋(ささやき橋)とか、姿不見(すがたみずの)橋とか、他にも色々あるみたい。橋って不思議ね。」

 

 

ほ~、橋にはそんな意味が…
この部分を読んで、私も近くの橋に不思議な名前が付いていないか調べたくなった。


また辛い過去があったタオさんが自身の話をする中で、両親から捨てられたことがずっとトラウマになっていたジョンに、

 

「たとえ酷い親だったとしても、運命に優しくなれるんですよ。大人になるっていうことは。」
と穏やかに話す場面も心に残った。

 


ジョンがヨーコと結婚後に、この軽井沢や日本を訪れていた時期に、銀座で車に乗り込もうとしていたジョンとヨーコを見かけたことがあると言っていた私のバンド仲間もいたけれど、この本を読みながら、私もその時期一度でいいから会ってみたかったなぁと思った。

 

ジョン達が訪れていた、中軽井沢の喫茶店・離山房や、万平ホテルのカフェテリア、
旧軽井沢銀座のフランスベーカリー、東銀座の喫茶店・樹の花、上野の洋食屋・黒船亭など所縁の地は私も何度か訪れたことはあるけれど。


イギリスにはお盆の習慣はないだろうから、もしジョンの魂が、お気に入りの軽井沢にお盆の時期帰って来ることがあったら、是非賑やかになったあちらの世界での仲間も引き連れて、靄がかったウランバーナの森で楽しくセッションとかして欲しい。

 

例えばそのメンバーは、もちろんジョージと、ハンブルク時代のベーシストだったジョンの親友スチュアート・サトクリフ
ドラマーは、この物語に登場したキース・ムーンがいいな!
キース・ムーンは、酔っ払った勢いでまたドラムセットを破壊しそうだけど(笑)

 

その楽しそうなセッションを、今月天国の仲間入りしてしまったスチュアートの恋人である写真家、アストリッドが楽しそうに撮影している様子を想像してみたりした。

 

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(画像はネットから拝借しました。撮影者本人だったら良かったな~)