1972年に起きた、社会的ニュースを背景に盛り込まれた6人の作家による短編集。
1972年というと、私はまだ生まれていない。
というは嘘だけれど、そこに挙げられたニュースだけを拾ってみても、1972年という時代が様々な印象深い出来事があった年だったのだと改めて気付かされた。
だから、この短編集が出来たのかも知れないけれど。
この作家の中で過去に読んだことがあるのは、中島京子と重松清だけだ。
でも6話とも、それぞれ興味深い内容だった。
その中でも特に深い余韻が残ったのは、『ある年の秋』(重松清・著)だ。
この作品は、小学4年の博史の目線から、認知症の疑いがある祖母を引き取った数か月間の家族の様子が描かれている。
博史の家族は、当時のベストセラー小説『恍惚の人』(有吉佐和子原作)の舞台近くに住んでいる。
『恍惚の人』は家の書棚にもあったので私も昔読んだことがある。
博史の祖母は、戦争で長男と四男を亡くすという、とても辛く悲しい体験をしている。
その祖母の様子が少しおかしくなったのは、1972年1月、終戦を知らなかった元日本兵である横井正一さんがグァムのジャングルで発見され、日本中が騒然となったニュースを聞いてからだった。
祖母は、孫をフィリピンで戦死した長男と暫し混同する。
その年の秋に今度はフィリピン・ルバング島で潜伏していた元日本兵小野田寛郎さんが発見されたニュースで、博史の家族はまたこのニュースが影響しないか祖母の心身を案ずる。
この作品での祖母の描写からも、この二つのニュースから、戦死した息子が生きているのではと一縷の望みを持った後に落胆した家族が当時多かったようで、それを思うと心が痛くなった。
1972年は、まだ戦後の影が色濃く残っていた時代だったんだと感じた。
またこの作品では、日中国交正常化のお祝いで贈られた、中国からのパンダ初来日の騒動も描かれている。
厳重な警備の中、羽田から上野動物園までパトカー先導したとあり、まるでビートルズ来日時のようだ。
その初代パンダであるカンカン・ランランは、観客が押し寄せる騒動からの凄いストレス状態も描かれていたけれど、私も騒ぎからだいぶ経った頃に見に行った記憶があるけれど、まだ長蛇の列でパンダは少ししか見られなかったような。
博史がパンダを見に行きたいと親にせがみ、「今度な」とかわされ、食い下がる時の「それは、何月何日の何時何分何秒?」との台詞は、私の子供時代流行り私も使った記憶があるので懐かしかった。
物語の後半、祖母の為に家族皆で上野動物園へ行く場面は、とても心が揺さぶられ、このシーンをクライマックスに、是非とも映画を製作して欲しいくらいの感動だった。
『川端康成が死んだ日』(中島京子・著)も、印象に残る話だった。
札幌オリンピックでのジャネット・リン人気や、モハメド・アリの来日。
前年に銀座にマクドナルド1号店がオープンし、翌1972年モスバーガー開店などを時代背景に、やはり小学生である「私」の目線で描かれた切ない家族の話。
その年自死した川端康成が当日、鎌倉・長谷の家から逗子のマンションへ向かう途中、主人公の母親に話しかける箇所も印象深かった。
「今日の鎌倉は美しいですね。自然が美しいのは、末期の眼に映るからだと芥川は言ったよ。」との川端康成の台詞なども。
また、デモに参加する高校生である孫娘の様子から、自分の沖縄での青春時代に思いを馳せる、祖母の視点からの話、『永遠!チェンジ・ザ・ワールド』(早見和真・著)では、1972年5月の沖縄返還の日を軸に描かれている。
『空中楼閣』(朝倉かすみ・著)では、昼間働き夜間高校へ通う君子の視点から、
札幌オリンピックでの、スキージャンプを親族一同でテレビ観戦する様子を中心に、これまた終盤心にグッと来るお話。
表紙の絵にも描かれている、日本人3選手が表彰台を独占した男子70m級ジャンプだ。
スキージャンプというと、長野五輪での男子団体金メダルの方が記憶に新しいけれど、札幌五輪でのこの70mジャンプで日本中が沸いたのはよくおぼえているので、
私もきっと当時家族でテレビ観戦していたのではと思う。
この札幌五輪では、私もファンだった満面の笑顔が印象的だったジャネット・リンと、五輪のテーマソング、トワエモワの『虹と雪のバラード』がとても懐かしい。
またこの話では、女子が4人集まると『若草物語』での4姉妹になぞらえて、
ジョウ、エイミー、メグ、べスと、性格分けでお互いを呼び合うシーンがあったけれど、これも私も子供の頃同じように呼び合った経験があるのを思い出し、それも懐かしかった。
この他の話では、連合赤軍のあさま山荘事件なども出て来た。
この事件は当時テレビでずっと生中継していたのは憶えていて、それを見ながら重い気分になったものだった。
このように、1972年とは色々なニュースがあったのだなと、つくづく当時の自分や家族の事も思い出しながら読んだ。
実際の社会的出来事が背景にはなっていても、どの話からも、主人公を取り巻くあの時代それぞれの空気感が漂って来て、まさにノスタルジー感いっぱいだった。
トワエモワはもちろんのこと、その頃流行っていた、天地真理や南沙織、吉田拓郎等の昭和の曲も懐かしいな~♪