つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

『沈黙する教室』を読んでみました。(ネタバレもあり)

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6月に観に行った、『僕たちは希望という名の列車に乗った』という実話に基づいた映画の原作である『沈黙する教室』を図書館で借りて読んでみた。

 

この本は、1956年に東ドイツ・シュトルコーの高校で、大学進学クラスの高校生達が、西側へ逃亡した事件の経緯とその後を、当事者である(映画の中ではクルト役らしい)ディートリッヒ・ガルスカさんが、インタビューやシュタージ・アーカイヴ、新聞記事の引用などを駆使してまとめたノンフィクションだそうだ。

 

その事件とは、西側のラジオから聞こえて来たハンガリー動乱の犠牲者にむけた黙祷の呼びかけに、自分達も実施しようとの級友の言葉に応えたクラスの全員が、授業中に5 分間の沈黙を敢行。

ソ連支配下社会主義国家・東ドイツにおいて、それは国家への反逆と見なされる行為だったため、学校や家族を巻き込んだ大問題となり、黙祷を提案した首謀者を明かせとの当局の追及にどの生徒も応じなかったため、全員退学となってしまい、そのクラスの20名のうち、女生徒1人含めた16人が西側へ逃亡したという事件だ。

 

著者であるディートリッヒ・ガルスカ は、同級生と共に西ドイツへ逃亡後、ケルン、ボーフムでドイツ文学、社会学、地理学を学び、ギムナジウム教師を経て、後はエッセンの市民学校で文化と芸術分野の講師をしていた。2007年に自身の体験をもとに『沈黙する教室 1956年東ドイツ―自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語』を上梓。2018年2月28日に本書を原作とした映画のワールド・プレミアがベルリン映画祭で行われたが、その2ヶ月後に病没。

(本書解説より)

 

映画では描かれなかった、彼らの亡命後の西ドイツでの出来事から、40年後の同窓会での再会までが描かれていて、映画を観てから、高校生達やその家族のその後がとても気になったので、本書を読んで登場人物達のその後を詳しく知る事が出来た。

 

でもこの本は、ドイツの専門用語や略した言葉等が多いためか、私には難解な部分が多々あり、内容がスラスラ頭に入って来なくて、読み始めてから直ぐ眠くなってしまった。注釈を付けてくれるともっと分かりやすかったと思う。

 

なのでいつもは原作を読んでから映画を観ることが多いけど、この作品に限っては映画を観てから原作を読む順番で正解だったと思った。

 

また、映画の登場人物のテオやクルトという覚えやすい名前ならいいのだけど、実際の本名が皆複雑なので、生徒や先生等登場人物の名前を覚えるだけでも大変で、この人は誰だったっけと、何度も前の頁を読み返してしまった💦

 

とは言っても映画では描かれなかった、西へ亡命してからのその後についての話には引き込まれたし、高校生達やその家族、校長、担任などの、当時と40年後のそれぞれの写真も多く掲載されていたので、その点は最後まで興味深く読めた。

 

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 この写真からも、事件が起こる前は、東ドイツであってもその年代らしく皆溌剌としていて楽しそうな様子が伺えた。

 

私が一番気になっていた、離れ離れになってしまった家族とまた会えたかどうかについては、両親は西ベルリンへ度々会いに来てくれたそうで、それはほっとした。

東ドイツ当局は、その高校生達を東ドイツに連れ戻したがっていたので、両親は、帰還を説得する場合に限り息子達に会いに行けたそうで、衣類なども届けていたらしい。

 

亡命した生徒達は西側でも大きなニュースになり有名になっていて、東ベルリンに残った同級生達も、西側のラジオから彼らの様子を知ることが出来たようだ。

 

大学入学資格試験の制度は西ドイツでも同じだったため、その2年後、彼らは晴れて試験を受け、大学進学を果たせ、 そして残った4人の女子生徒たちも、残ったことで逆に黙祷の首謀者ではないと認められ、大学入学資格試を受けることが出来たそうだ。

 

本書で頻繁に出て来る言葉である「アビトゥーア」とは、調べてみたら、ドイツでの高校卒業資格及び大学入学資格試験を意味するそうだけど、アビトゥーアに一度合格すると、入学期限がなく、全ての大学に入れる共通一次試験のようなものらしい。


ドイツでは大学に入学する期間は人それぞれだそうで、高校を卒業してから、違う国へ留学したり、世界中を旅行して回ったり、一度職業についてから大学進学する人も数多くいるそうで、日本の大学入試制度とは大きく違っていて、アビトゥーアに受かれば、社会経験を積んでから改めて自分の将来を見据え、希望大学に入れるのはいいなと思った。

 

 

エリートクラスの中のほとんどの生徒が亡命してしまった高校の校長も教師達も、もちろん家族も、苦しみや葛藤がありその後の人生は紆余曲折あったわけだけど、40年後の同窓会で再会出来たり、この著者がベルリンの壁崩壊後、当時の高校そばの湖畔で校長に偶然出会え色々語り合えたり、この原作を書くにあたって、黙祷した授業の先生と当時のことについてインタビューした場面も感慨深かった。

 

そのシーンで、その教師の「歴史は勝者が書くのだ」という言葉が強く印象に残った。

後書きでも翻訳者の大川珠季さんがその点に触れ、

事実は一つだとしても、その解釈は十人十色です。本書でも引用されているシュタージ・アーカイヴの文章からは、高校生たちの「黙祷」を周辺情報と繋ぎ合わせ、権力者達が妄想たくましく新しい物語を創作していった様子がありありと浮かびます。

人の口を通して語られた時、歴史はその人が解釈した新たな物語となるのです。

 

との言葉に、なるほどなと共感出来た。

 

 

映画では、スターリンシュタットという場所に舞台が移されていたそうだけど、実際に生徒達が通っていたのは、もう少しベルリン寄りにある小さな町「シュトルコー」だそうだ。

 

私は聞いたこともない町だけど、城塞があり、学校の裏手には白樺の林や静かな湖が見えるとの美しい風景描写に、いつか訪れることが出来たらいいなと思いを馳せた。

 

小説の舞台や映画のロケ地など、遠い場所はなかなか行く機会がないけれど、とても興味があるので。

 

今現在のシュトルコーがどんな町か、ちょっとネット検索してみたけど、観光地ではないためかなかなか見つからず、湖畔にあるホテルの予約サイトにあった湖の画像からその町の雰囲気を少しだけ感じ取ることが出来た。

 

著者で当事者であるディートリッヒ・ガルスカさんは惜しくも昨年お亡くなりになってしまったそうだけど、ご自身の作品が映画にもなり、嬉しく感無量だっただろうなと思った。