つるひめの日記

読書、映画、音楽、所属バンド等について日々の覚え書き。

『ダンボ』映画感想

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ディズニー・アニメの「ダンボ」を、監督ティム・バートンがオリジナル脚本で実写化したファンタジー作品。

 

うちの子供達が幼い時繰り返し観ていたディズニーアニメ作品は主に「くまのプーさん」だったと思うので、ディズニーアニメの中でも「ダンボ」は私もあまり馴染みがなく、空を飛べる象の話程度にしか知らなかったけど、ティム・バートンが監督ということで興味が湧き今月初め観に行って来た。

リンゴスターより前に観に行ったのに、リンゴの余韻に浸っているうちに書くのが遅くなってしまった。

 

戦争で片腕を失ってしまったサーカス団員のホルト(コリン・ファレル)が、戦争から戻ったところからお話が始まる。

ホルトは象の世話係となり、その母象ジャンボが生んだダンボは、大き過ぎる耳の為皆から笑い物にされてしまう。

父ホルトの不在中に母親を病気で亡くした娘ミリーと息子ジョーは、そんなダンボを可愛がり、ダンボはある時大きな耳を使って空を飛ぶことが出来ることが分かる。

空飛ぶダンボを使って金儲けを企む興行師によって、母象と引き離されてしまったダンボと母象を助ける為に、家族とサーカス団員達が力を合わせるというストーリーで、象も人間も喪失感を抱えた登場人物達の愛に溢れた作品だった。

 

ティム・バートンの作品は色々観て来ているけど、この「ダンボ」もこの監督の作品らしく、皆と違うことへの生きづらさ、でもそれは素晴らしさにも通じるってテーマが根底にあるようだった。そして、いつものダークな雰囲気の独特な世界観に引き付けられた。

後半の舞台、巨大なテーマパークの映像も、普通の明るい遊園地の描写と違い、ダークな美しさで、サーカス団員達の衣装もゴージャスで素敵だった。

 

ダンボとその目の表情がとてもリアルで、空を飛ぶシーンにも感動してしまったけど、この映画で一番心に残ったシーンは、母象と引き離されてしまったダンボに、同じく母を失ったミリーが語りかける場面だ。

ミリーは母の形見の鍵をダンボに見せ、「人生には扉が閉まって開かない時があるけど、そんな時この鍵を使って開けなさい。」と言われた事を話す。

この台詞が映画の終盤、更に感動的な台詞となって語られて胸に迫ってきたんだけど、

それは何て言葉だったか忘れてしまった💦後で調べてみよう。

 

 

美しい空中ブランコ乗り役のエヴァ・グリーンもとても魅力的だった。

この独特な雰囲気の女優さんは、ティム監督の前作「ミス・ペレグリンと奇妙な子供達」でも、奇妙な子供達を守るミス・ペレグリンを演じていたっけ。

「ダンボ」でBGMで流れる曲も、「シザーハンズ」のラストで流れる曲のように哀感漂ういい曲だった。

 

今まで観たティム・バートンの作品は、一番好きな「シザーハンズ」をはじめ、「アリス・イン・ワンダーランド」「チャーリーとチョコレート工場」「ビッグ・フィッシュ」「バットマン」「スリーピー・ホロウ」「ダークシャドウ」「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」など色々観て来て、その多くはジョニー・デップが主演作だったけど、その中でジョニー・デップが一番かっこよかったなと思ったのは「スリーピー・ホロウ」かな。内容はおどろおどろしかったけど。

 

 

あ、感想が「ダンボ」に登場しない、ジョニー・デップの話で終わってしまいそうだ^^;

 

余談ですが、象は象でも有名な童謡「ぞうさん」の詩に込められた、作詞家まどみちおさんの思いを読んだ時に、この歌にこんな深い意味があったのかと感銘を受けたのを覚えている。

 

それは、地球上の動物はみな鼻は長くない状況で、「お前は鼻が長いね」とからかわれた象が、大好きな母親を思い浮かべ、「そうよ、母さんも長いのよ」と毅然と誇らしげに答えるのだけど、何故このように答えることが出来たかというと、それはこの象がいつも象として生かされていることを幸せに思い誇りに思っているからだそうだ。

象に限らず、鳥や花やこの地球上全ての生き物が個性を持たされて生かされていることは、素晴らしいことだ。もちろん人間も。

と、まどさんは言っていて、これは違っていることを当たり前として、自分の弱みを強みにも変えた「ダンボ」の話にも通じているなと思った。

 

象の話で終わることが出来たぞう^^;

 

次は、今週末から始まる『僕たちのラストステージ』という伝説のコメディアンを描いた作品を観に行けたらいいな。と思っている。